恵那旅行記 (5の4) 城下町、岩村町の古い町並み

岩村の古い町並みです。

岩村城は、その後信長の愛臣、森蘭丸が18歳の時に城主となり、その兄弟三代に亘って、古くは土塁の基礎であったのを、18年掛けて現在の石垣に組み直しました。

そして江戸時代に入って岩村藩松平氏の時代に遷った後、当時お城の正面に位置する地域が農業地帯であったことから、これを守り(現在この地には「農村景観日本一」の称号が与えられています)、その左側の城の麓に藩主邸を造営し、これを中心にして城下町を形成して、尾張三河方面から有能な商人を招聘し繁栄を図りました。


そして、当時の繁栄を窺わせる商人、職人の旧家が今も残っています。岩村町はこれらを指定文化財として保存に努めています。



その一つ、『木村邸』の外観です。

木村家は江戸時代後期に栄えた問屋で、 藩の財政困窮のたびに御用金を調達してその危機を救いました。藩主自身が幾度となくこの木村邸を訪れたといわれています。

京都教育大学の木村教授は、この木村家の末裔で前述の「農村景観日本一」の名付け親です。




こちらも、木村邸の裏の露地からの写真です。木村邸の『なまこ壁』です。




『遍照山浄光寺』 真宗大谷派のお寺です。




こちらのお寺の本堂は土蔵造りです。