延命の可能性低い? 〜 なんでそんなことがわかるのよ

杏林大学付属病院の医師に無罪判決 〜 「延命の可能性低い」

1999年、東京都杉並区の保育園児杉野隼三(しゅんぞう)ちゃん(当時4歳)が転倒した時に、綿あめの割り箸が折れて、のどに突き刺ささりました。

当時、東京都三鷹市杏林大学付属病院救急救命センターの当直医だった根本英樹医師(37)は傷口に消毒液を塗って薬を処方しただけで、母親が意識低下や嘔吐を繰り返していたことを指摘したにも拘わらず、単なる裂傷にすぎないと過信し、専門医にも引き継がず、帰宅させました。

その翌朝この児童は頭蓋内損傷で死亡しました。綿あめの割り箸はのどを貫通しており、その後の解剖で、約7.6センチの割り箸片が小脳に刺さっているのが見つかりました。

この判決公判で、3月28日東京地裁・川口政明裁判長は、「事故を予見し、結果を回避する義務を怠った」と医師の過失を認めた上で「仮に適切な対応をしても延命の可能性は極めて低かった」と無罪を言い渡しました。また、「過失はあったが、死亡との因果関係については合理的な疑いが残る」との理由で刑事責任は問えないとしました。

この判決に、疑問を感じたのは死亡した児童のご両親だけではないでしょう。

実際に、この男児は「適切な対応がなされていても延命の可能性は極めて低かった」かもしれません。しかし問題は、そこにはありません。医師が適切な対応をしたかどうかが問題だと思います。

母親への問診から嘔吐や意識低下を指摘された時点で、頭蓋内損傷の疑いを持ち、CTスキャンによる断層撮影をするなど適切な検査をする義務があったと思います。

判決は、医師が頭蓋内損傷の可能性に気付かなかった過失を認定しました。しかし、診断ミスがあっても、救命の可能性がなければ、「致死」の責任は問えないとしています。

今回の公判はその時点を捉まえての判決であるべきで、「出血したときには再度来院を指示」とカルテまで改ざんした医師はぜったいに罰せられるべきと思います。

また、根本英樹医師の職務の怠慢とも言うべき初歩的な判断ミスと、基本的な作業ミスに対して、その最善を尽くすべき義務を怠ったことに対して有罪判決を受けて当然だと思います。

脳神経外科医に引き継いだとしても、技術的に治療が困難で、救命はもとより延命の可能性も極めて低かった」などと言っていますが、やるべき努力を怠り、最低限の治療をやってもいないで、推定論だけで片づけられてはかないません。果たして医師が、病院が、最善の努力をしていた場合に延命の可能性が絶対になかったとは言い切れないでしょう。

専門分野における専門知識に対抗した専門外分野の検察がまるめこまれての敗訴と言わざるを得ないでしょう。

さらに、判決後、根本英樹医師の弁護士は「無罪には納得している。結果に対する責任は別」と述べ、杏林大学付属病院長は「判決は私たちの主張を正しく評価した。引き続き全力で医療の安全に取り組む」とコメントをしています。

「全力で医療の安全に取り組む」=「医師の適切な対応」ではないでしょうか?

ちょっと矛盾を感じました。