神戸名物 duoさんちの「イカナゴのくぎ煮」 しおり

しおり

 
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【神戸名物 duoさんちの イカナゴくぎ煮】 

 神戸の街なかの染めいよしのは四月のはじめに、あたかも新入生を祝福するかのように咲き誇り、そして葉ざくらと変わるころ、六甲山上の山桜が一斉に咲き乱れます。

毎年この季節になりますと神戸の主婦はとても忙しくなり、夕暮れどきの街には醤油と砂糖を煮つめる甘辛いにおいが漂ってきます。

 そうです。春の幸、イカナゴの季節がやってきたのです。イカナゴは体長三センチ程の小魚で、明石海峡を流れる潮流の「潮のふち」と呼ばれる潮の境目に集まる習性があります。そして、この辺りの漁師は日の出前に船を出し百メートル以上の船引き網を二隻が対になって引くのです。潮目が違うと全然漁れません。また雨が振っても風が吹いても漁は中止です。ですから主婦はたいへんです。魚屋さんに出かけるのが早すぎて入荷していないこともあれば、逆に一日中待っていても入って来ない時があります。また、魚屋さんへ出かけるタイミングが遅すぎても売り切れてしまうこともありますし、運良くタイミングが合ったとしてもその日の魚の群れにより、大きすぎたり小さすぎたりで買わずに帰って来ることもあります。それでも主婦はせっせ、せっせとあしげく通いシーズン中に十キロから多い人は三十キロ、四十キロと買い込んでくぎ煮をつくり、酒のつまみやお茶漬けにしたり、遠方の知人や親類に送ったりします。

 イカナゴくぎ煮は、昼網で漁れた鮮度と形のよいイカナゴをしょうゆと黄ざらとみりんをベースにしょうがを加えお酒を隠し味に使って小一時間甘辛く煮込んでつくります。その分量や火加減が主婦の腕の見せどころです。途中アク取りをしたり、なべ返しをしたり、ふきこぼしに注意をしたり・・・と、まあこれが結構手間がかかり目がはなせないのです。ですから、これが始まると赤ん坊が泣こうが子供が騒ごうが放ったらかし、いわんや旦那様などしっかりと無視されます。熱いうちの魚は溶けてしまうほど柔らかくさわっただけでも形がくずれてしまうので炊きあがるまでは鍋の中に箸を入れる事は絶対に禁物です。そして炊きあがったイカナゴは熱いうちに素早く汁を切り、一匹一匹が風に当たるようにして冷ますのがアメ色のツヤを出すコツとか。冷えると一転魚は硬くなり、そのとがった形が古釘に似ているところから、くぎ煮と呼ばれています。

 こうして出来あがったくぎ煮は当然家庭ごとに持ち味があり、神戸の商店街の中には味のコンテストを開き、腕によりをかけた自慢の品を形、ツヤ、味をチェックし入賞を競うところもあります。

明石海峡は、一日の通過船舶が千三百隻を越す過密水道です。そして、一方では、この海峡は好漁場としても知られ多くの漁船が操業しています。特に三月から五月はじめにかけてはイカナゴ漁船が航路上に集中し、最盛期には二百隻近い漁船が出漁するのです。大型船舶の過密航路上に蟻が群がっているような小型漁船の群れ、大型の貨物船に網を引っかけられて転覆した漁船、漁船を避けようとして標識ブイに衝突したLNGタンカー・・・・こんな状況で事故が起こらない方がおかしいくらいです。ですから、明石海峡では大型船舶の船長さんも小型漁船の船長さんもみんな命がけなのです。

さて、そのイカナゴイカナゴは小さくてもチリメンジャコではありません。イカナゴ科のリッパな独立した魚で、親になっても十五センチぐらいにしかなりません。イカナゴは、英語名をサンド イール(sand eel=砂うなぎ)と呼ばれるくらいに砂との関係が深い魚です。

 海底の浸食でできた砂、陸地を削ってできた砂、川から流れ込んで来た砂・・・・ これらの砂が潮の流れに乗って集められて海の底に広大な砂の丘を作ります。瀬戸内にはこうして出来た砂丘がいくつかあり、暑さに弱いイカナゴはこの砂の中に潜って夏眠して夏を越します。十二月に夏眠から目覚めたイカナゴはこの砂の瀬で産卵します。そしてふ化した稚魚は「シンコ」(新子)と呼ばれ、西風に吹かれ潮に乗り明石海峡へと集まってきます。冬の季節風が強い年ほどシンコの漁獲量も多いとか。そして四月の終わりごろ、成長したイカナゴは呼び名も「フルセ」と変えて、今度は潮の流れに逆らい砂の瀬のある播磨灘へと戻って行くのです。もちろん、くぎ煮にするのはシンコです。シンコは寒いとゆっくり、暖かいと早く大きくなり、冷夏暖冬、天候不順の年には、サイズも一定せず大入り混じっており、逆に定規で計ったようにピッタリ揃っている年は、夏は暑く冬は寒くなると言うことです。 

 北海道でオオナゴ、東京でコウナゴ、そして九州ではカナギと呼ばれ全国に分布しているはずのイカナゴなのですが、どうして神戸でこんなに名物にまでなったのでしょう。

 兵庫県ではこのイカナゴの産卵に重要な役割を果たす海砂の採取を水産資源保護のため禁止しています。ところが、同じ瀬戸内でも岡山や広島では海砂を取るのを禁止しなかった為、大阪万国博以来の高度成長期に建築ラッシュに見舞われ砂の採取が相次いで、そのためにイカナゴは激減し壊滅状態にまで追い込まれてしまったのです。また、北海道や東北など水温の低い海ではイカナゴは夏眠をしないため小型の秋刀魚ほどにも成長してしまいます。

 瀬戸内の砂に育まれたシンコ。そして神戸はシンコが湧く海なのです。なんといっても鮮度と形が生命のイカナゴはやっぱり神戸を代表する春の味覚の何ものでもないでしょう。

 神戸の春の訪れはこのイカナゴから始まります。潮目が違っても、また雨が振っても風が吹いても入荷しないイカナゴを神戸の主婦はあっちの魚屋さん、こっちの魚屋さんと足を棒にして鮮度と形をもとめて質の良いイカナゴ集めに走り回っております。
わが家では、一年かけて味わうためにくぎ煮をつくりますが、シンコを買ってきたその日は、釜あげにして酢の物やしょうがじょうゆで食べて、春の味を満喫します。

 今年も少しばかりつくりましたのでお届け致します。一年ぶりの神戸からの春のたよりをどうぞご笑味くださいませ。

〜 duoさんちの主婦敬白


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